プロフィール
伊吹達郎
伊吹達郎
第69代草津市議会議長、第61代草津市議会副議長、草津市議会議員(4期)、プロジェクトK代表、文教厚生常任委員会委員長、産業建設常任委員会委員長、予算審査特別委員会副委員長、都市再生特別委員会副委員長、ゼロカーボンシティ特別委員会委員長、議会運営委員会委員、旧草津川跡地対策特別委員会委員、草津市議会ICT推進検討部会長、理学修士、国会議員公設秘書、博物館学芸員、琵琶湖博物館フィールドレポーター、草津川を守る会事務局長、草津市PTA連絡協議会会長、石山高校同窓会会長、社会福祉法人良友会評議員、岡山理科大学水質管理センター•環境資源研究センター研修生、土山マラソン•マキノ栗マラソン•琵琶湖レイクサイドマラソン出場、草津市軟式野球連盟早朝部会ジェネラルマネージャー、『江州ベースボールクラブ』代表監督兼選手、『笠縫東ヤンキーススポーツ少年団』学童野球指導者 草津市水泳連盟理事長
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2012年01月17日

1.17

阪神•淡路大震災から17年。
そのとき私は、30才でした。
年末の土山マラソンの出場し、疲労しているところへ会社でサッカーチームをつくって初めて、草津市の市民大会での試合で
ひざのじん帯切断してしまい、ギブスをまいて1ヶ月。
1月17日、その日から手術のため入院予定でした。
その朝、自分では起きれないけど目は覚めていました。
ゴロゴロと予震を感じ、地震かなと思った、次の瞬間、強く叩き付けるような
揺れを、当時住んでいたエイスクエア横の4F建ての古いアヤハの社宅を襲いました。
思わずとなり寝ていたまだ赤ちゃんだった長男を守ろうと覆いかぶさりました。
揺れはしばらくすると止まりましたが、その恐怖感は今でも忘れられません。

後から考えると、自分では動けないはずなのに、
なぜか動けていて、痛みも何もありませんでした。

それ以上の何かが働いたのでしょうね?

我が家の被害は、食器が少し破損した程度でしたが、テレビをつけて徐々に被害が明らかになっていく•••
6434の尊い命が一瞬の間に亡くなりました。
改めて、心からご冥福をお祈り致します。

1.17
残された我々が出来ることをしっかりしていかなければなりません。
未来の子どもたちのためにも、素晴らしいまちづくりを!  


Posted by 伊吹達郎 at 23:27Comments(0)